産油国アメリカを大衆的な自動車文化の国柄に育てる引金は、1900年代初頭のT型フォードの爆発的な売行きでした。20世紀の文学や映画に必ず登場する アメ車は、そんな各時代の風俗史の象徴にほかなりません。しかも時速50キロしか出ないクルマと、150キロで楽々走れるクルマでは、話の運びや人の感情 もまるで違ってきます。
本書では膨大な数の小説やノンフィクションの中から、クルマが内容と深く関わる20作品を選びだし、専門家のメカ解説も加えて、物 語を膨らます道具の意味と必然性に迫ります。1920年代の没落農民の移住を描くノーベル賞作家スタインベックの名作『怒りのブドウ』から、50年代のサ リンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』、90年代『ガープの世界』まで、そこに登場する乗物は単なる大道具ではありません。絶えまない技術の発達史と、人 々の物に対する憧れや欲望がそこかしこに目一杯つめこまれています。表題作を読めば、高級車なんか欲しくないという反骨少年の想いと、当時の自動車業界の 事情に新しい発見をするはず。自動車が好き嫌いに関わらず、これほど愛されて欲望と富の象徴にもなったクルマを通して、現代文明をクールに捉え直す目論み から生まれた貴重な一冊です。